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娘と日光旅行

日光に行ったのは何年ぶりだろう?
25年ぶり位だろうか。
雨女の私は旅行に行くといつも雨がふるのに
今回の旅は2日とも快晴だった。

北千住から特急に乗って日光へ向かったのだけれど
電車に乗ってから、自分が大きな失敗をしたことに気がついた。
電車に乗った途端に、鼻がムズムズ、くしゃみの連発。
今日は花粉が多く飛んでいるんだなあと考えながら
「はっ!」と気付いた。

日光といえば「杉並木」。
そう、スギ花粉のメッカだったのだ!
電車が日光へ近づくに連れ
私は益々鼻が痒くなり、娘は目が赤くなった。

3月下旬のこの時期、花粉症の人間は日光に行くべきではない。
何故そのことに気が付かなかったのだろうか。
日光に降り注ぐ花粉の量は
東京のそれとは全く比較にならない。
薬を飲んでも効果が無い程で
そこは正にくしゃみ地獄であった。


25年ぶりの日光は、当たり前だけれど変わっていた。
とにかく外国人が多い。
それに、駅前には以前からいろいろなお店があったとは思うが
こんなに多くはなかったように思う。
春休みの平日、駅前は人で溢れていた。

私は娘と一緒に、まず駅前の金谷ベーカリーでパンを買い
その二階で昼食を食べた。

正直に言うが、金谷ベーカリーのパンは期待はずれだった。
東京ではどこでも売っている、大量生産の山崎パンのほうが美味しいと私は思った。
ただ娘はここで買ったメロンパンは美味しかったと言っていた。
私としては味の割には価格が高すぎるので
もうここへ来ることはないだろう、と思った。

2階に軽食が取れるスペースがあるので
私はカレー、娘はバタートーストとモンブランのケーキを食べた。
カレーは我が家で作るカレーとあまり変わらず、がっかりした。
娘が言うにはバタートーストは美味しかったらしい。
モンブランは不味くはないが、特別感のない味だった。

残念だけれど、このお店のパンや食事は
私の口には合わなかった。
何故、評判の店としてガイドブック等に必ず名を連ねているのか疑問を感じたが、
私の口に合わないというだけのことなのだろう。
世間の人達は、きっとこの味にも値段にも
満足しているのだと思う。
そうでなければ何年も駅前の一等地で
存続できるはずがない。

この後、日光東照宮へ向かった。
東照宮は杉の巨木が素晴らしく
そのパワーに圧感された。
鼻が痒くて死にそうだったが
それでも行ってよかったと思った。

そこでは数々のお守りが販売されていて
「最近ついていない」娘は、いくつかの可愛らしいお守りを購入したり
賽銭箱に5円玉を投げ込んだりして心を満たしていた。
私も、可愛らしい「眠り猫」を模したストラップや
白檀の香りの付いたお守を買った。
おみくじを引いたら私は大吉、娘は末吉。
娘はおみくじを大事にたたんで持って帰っていたので
私もそうする事にした。

有名な左甚五郎の三猿や眠り猫などを見学し
心のなかで補彩されて綺麗になった彫刻と
以前のものとどちらが良かったのかを比較した。
狛犬が大好きな私は
ここの狛犬のちょっと「間の抜けた」表情を面白く思い
写真を何枚か撮影して楽しんだ。

一通り見て回って
今日の宿泊所、湯本温泉にバスで向かう。

今回泊まった宿は「小西ホテル」というところなのだが
ここでまた、私は信じられないようなミスをしていた。
なんと宿泊日を間違えていたのだ!
私達が行った1日前に予約を入れてあったのだ。
ところがこのホテルの人達は全く私を責めようとはせず
快く私達親子を泊めてくれた。
いい人たちだ。

幸いなことに、私たちは素泊まりで予約をしていた。
娘は極めて少食で好き嫌いが激しい事から
どうせ、宿の食事は残すことになる。
以前私は、宿泊先で
子どもが食べ残したものを
必死に食べて吐きそうになったことがあった。
だから今回は、日光駅周辺で好きなものを買って持ち込んだ方が楽しめると思ったのだ。
これは、本当に不幸中の幸いだった。

日光駅のそばに「リオン・ドール」という小さなスーパーがある。
ここで、私たちは晩御飯と朝御飯、次の日の行動食などを買っておいた。
ここのスーパーのお惣菜は案外美味しく、
帰りの電車で食べるお弁当もここで買ったくらいだ。
私は旅行に行くと大抵その土地のスーパーへ行く。
そして必ず、お惣菜コーナーへ行って
土地の人達が普通に食べているおかずを買ってみる。

地方の小さなスーパーというのは
大抵安くて美味しいお惣菜が手に入る。
地元の野菜や肉・魚などを使って作っていて
しかも普段私たちが食べる食料も一緒に買うことが出来る。
普通の人ならホテルの美味しい食事に舌鼓を打つ所だろうが
娘はリオン・ドールで手に入れた大好きな「チキンラーメン」を作って食べ
好物のきんぴらごぼうのお惣菜を食べ、フルーツゼリーを頬張り、大満足していた。
私もリオン・ドールの幾つかのお惣菜に大満足で
食後はのんびりと温泉に入った。

湯本温泉はいわゆる美肌の湯ではなく
血行促進などに効果があるタイプの温泉だった。
風呂の湯の温度は42度と高く
長時間の入浴は難しいのだけれど
少し入っただけで汗が吹き出して止まらないほど血行が良くなった。

温泉に入ってから
ホテルのロビーにおいてあったマッサージ機を使い
その後はぐっすり寝むりたかったのだが
なんせ、花粉のせいで鼻が詰まっていたため
眠りは非常に浅くなった。


若干寝不足ではあったが
次の日は日光湯元から、竜頭の滝までハイキングをした。
今年は春が早いのか雪も少なくなっていて
11歳になったばかりの娘でも
「俊足」系の靴で歩くことが出来た。

宿から湯ノ湖の東側湖岸を通り
(西側湖岸は雪が多く、子どもには歩けないだろうと止められた)
その後湯滝から、まだ雪の残る道をゆっくりと小田代橋まで進み
戦場ヶ原を通って竜頭の滝まで行くコースを歩いた。

例年だと、雪がもう少し残っているようで
本当なら、俊足ではないハイキングシューズや
ストックが有ったほうが安全だっただろうと思う。
実際、すれ違う人たちは殆どが
それなりの登山仕様の服装をしていた。

湯川の流れは透明で
戦場ヶ原の向こうには男体山が見えた。
まだ山や木陰にはいくらかの雪が残っている。
それでも暖かい空気の訪れとともに
緑の苔は命を取り戻しつつあって
それがとても美しかった。

娘は湿原の中で横倒れになっている木の根っこの
広がり方に感嘆しながら
早くも飛び出している大嫌いな虫や、
アチラコチラに落ちている小さな動物の糞にブツブツ文句を言いながら
なんとか竜頭の滝までを歩き終えた。

この後、ちょっと贅沢をして
美味しいレストランで食事をしようと思っていたのだけれど
何故かこの日に限って目的のレストランは貸切で入れなかった。

娘は、まだお腹が空いていないから
白鳥型のボートに乗りたいと言う。
私的にはボートなんかどうでも良かったのだが
どうしても、どうしても、と娘がいうので
しかたなく乗ってみた。

中禅寺湖は我が家の近所の
石神井公園や武蔵関公園の池とは大きさが全然違うので
こういう大きな湖でボートに乗るのも案外楽しいものだと思った。
ちなみに近所の武蔵関公園でボートに30分乗ると100円だが
中禅寺湖で白鳥型のボートに30分乗ると1620円だった。
私はこの点において全く納得がいかなかったのだけれど、
中禅寺湖でボートに乗れたことは娘を大いに満足させていた。

30分ボートを漕がされた私はお腹が空いたので
この後寄った華厳の滝前の小さな食べ物屋さんで
全く期待せずに、すいとんを食べてみた。
空腹は最高の調味料と言うから
そういうことなのかも知れなかったが
野菜たっぷりのすいとんは体に染み渡るような味で、
案外、ちょっと贅沢なレストランでの食事よりも
こっちのほうが良かったのかもしれない、と思うくらい美味しかった。

その後、華厳の滝を見学した。
私がここに初めて来たのは小学生高学年の時だった。
その時、小学6年生の男の子が「人生わからなくなった」と言って
滝に飛び込んで自殺をした、という話を聞いたことが有ったので
娘に、「ここで小学生が自殺したんだよ」と話をしたら
「どうして人が死んだ場所を、多くの人が美しい、素晴らしいと行って見に来るのかわからない」と
悲しそうに言った。

華厳の滝は湯滝や竜頭の滝とは全く趣が違って大きく、迫力があった。
所々残って居る雪の塊が
随分前に行ったスイスの山の氷河のように
少しエメラルドグリーンを含んだ美しい水色をしていて
それが、小学生の自殺の話と合わさって
悲しいような寂しいような変な気持ちにもなった。

今回の旅は11歳の子どもでも歩ける
安全でそれなりに楽しいコースだった。

この後、何件かお土産屋さんによったけれど
何故かこの日は目的のお土産屋さんがアチラコチラでお休みで
思い通りにお土産が買えずにがっかりした。

それでも日光で評判のお店を探して
色々と食べ物を買ってみた。
けれど、私が気に入ったのは
ガイドブックに殆ど載っていない
「リオン・ドール」というスーパーのお惣菜と
華厳の滝で食べた310円のすいとんだった。

だから私は日光に行ったら
「リオン・ドール」でお弁当を買い
華厳の滝ですいとんを食べることを皆さんにおすすめする。


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アサガオガイを拾った

10月の連休に
根本海岸という千葉の海で
アサガオガイを拾った。

アサガオガイ

久々の武蔵美

先日、懐かしの武蔵野美術大学に行ってきました。
懐かしの、と書きましたが
私は約25年前の卒業生です。
確か卒業後1、2年の間に
なんらかの用事があって3、4回は大学に行ったかな?
その後、ずーっと大学には行っていませんでした。
卒業したんだから当たり前です。

なぜ久々に行ったかというと
恩師の退職パーティがあったからです。

恩師はかなりの人格者で
私も本当にお世話になったのですが
私以外の沢山の人がお世話になったらしく
最終講義には人が席から溢れるほどでした。

にもかかわらず、
私はついうっかり講義を聴きながら寝てしまいました。
私、ダメなんです。
暖かいところで気持ちよくなっちゃうと
絶対寝ちゃうんです。
年を取ってから大学に行く人っているけれど
すごいよなあ。
私は劇場なんかでも「面白い」と思っていても
あったかくなると、ついウトウトしちゃうんです。

この前なんか、子供の学校行事で
先生の真ん前の席に陣取って
そこで寝ちゃったんですよね。
最初から寝ちゃう予定なら
そこに座らなければいいのに
一番前の席が好きなんですよ。
絶対空いてるから。
人がいっぱいいるところが嫌いで
人が少ないところが好きなんです。
それで真ん前の席に座って、寝ちゃったんですよね…。

今回の恩師の最終講義は
真ん前には座らなかったのだけれど
それにしても、恩師の最終講義だったのになあ…。
先生、寝ちゃって、すみませんでした。

先生に会って、お世話になったお礼を言って
少し早めにパーティ会場を後にしてきましたが
大学で開催されただけあって
非常にコストパフォーマンスの良いパーティで
会費が3000円なのに
お酒もそこそこ飲めたし
食べ物もきちんと美味しいものが用意されていました。
しかも先生の新刊のお土産付き。

パーティの費用を考えると
学生さんや大学の職員の方が料理を作ったのかな?
とても美味しかったです。

最近、会費制のパーティに参加する度に
「まともなものが食べられない」と感じていたので
主催者側の「パーティをいいものにしたい」という愛情を感じました。

それにしても、武蔵美はすごく綺麗になっていました。
ちょっと驚きましたが
それでもやっぱり変わらないところもあって、
学食は古いままでした。

ここが好きだったんだよな、と思い出の場所を回り
無くなってしまった場所を残念に思ったり。
不思議なもので、今まで全く忘れていたことを
その場所に行くと思いしたりするんですよね。

タイムスリップしたような気分。
25年前確かに私はここに居たんだと
感無量になって帰ってきました。

25年なんて、過ぎてしまうとあっという間。
でも、やっぱりこの25年間、
本当にいろんなことがあったよな…。

久々に行ってみると
母校は懐かしくて面白いものだと思いました。




30年ぶりの同窓会

先日高校の同窓会がありました。
なんと卒業30年ぶりの再会です。
普通はもっと早く同窓会があるものなんだろうけれど
私が嫌われ者で呼ばれなかったわけではなく
30年間本当に同窓会はなかったようです。

最初に声をかけてくれたのは、おなじクラスだったKちゃん。
懐かしくて何度もメールでやりとりして
同窓会を待ちました。

「本当はやりたくなかった」幹事を引き受けてくれたSちゃん。
仕事もあって忙しいのに、よくやってくれたと思います。
大変だっただろうな。ありがとう!

30年も経つと当然みんな引っ越しをしているから
音信不通の人も多かったようです。
それでも友達と友達が繋がって
少しずつ、みんなの消息が分かって
半分くらいの人と連絡が取れたみたい。

Sちゃんが連絡が取れた人の名前を教えてくれたけれど
私ときたら
みんなの名前を聞いても
ほとんど思い出せないのです。

もともと私は自己中心的な人間で
他人にあまり興味を持たない傾向があります。
そのため、知り合いの「顔」を
ビジュアルとして覚えていたとしても
名前を思い出せないことが多いのです。
(特に子供の学校関係の知り合い)

高校3年の時の同窓会だから
少なくとも2年間おなじクラスで
ほぼ毎日顔を合わせていたわけです。
なのに、会っても最初は誰が誰だか
ほとんどわからない…。

でも、本人を前に名前を聞くと
「ああっ!覚えている!」という感じで思い出すのです。
やっぱり30年ぶりに会うと
みんな変わっている!

大抵の人はふっくらと太っていて
正直これにはホッとしました(笑)。
自分もそうだから。

人によっては同窓会に出ると
「憧れの⚪️⚪️さんがこんなおばさん(おじさん)に!」と
ショックを受けるらしいのだけれど
人間は顔で判断できない、と思っている私としては
外見がどうであれ、やっぱり30年経って
人として成長した感じの人って良いなと、思ったりしました。

でも結局は普段会わない30年ぶりの友達よりも
数年おきに会っている友人の方が話もしやすくて
ほんの2時間半の時間だったこともあり
あっという間にいつもの仲良したちと
ハイテンションで話しているうちに会はお開きに。

本当はもうちょっと
みんなとおしゃべりしたかったけれど
親友のMちゃんがもう帰るというので
もう少しMちゃんとおしゃべりしたかった私は
一緒に帰ってきました。
「もうちょっと」っていうところで帰るのが
人付き合いでは大事よね。

30年ぶりで変わるのは
女性よりも男性かもしれません。
男性は名札がなければ
一人も誰が誰だかわかりませんでした。
女性は何人か「あっ⚪️⚪️ちゃんだ!」とわかる人もいたのに。

ただ自分で驚いたのは
「木本さんでしょ?覚えてる」と多くの人に言われたこと。
なぜかみんな私のことを覚えていてくれるのです。
自分は地味な高校生活を送っていたと思っていました。
私は、なんというか「隅」が好きな人間で
絶対に中心には立たないタイプです。

協調性もなく
美人でもなく
優しく良い人でもないと思っています。
人気者であった覚えはありません。
なのにみんなが覚えていてくれるということは、どういうことか。

…つまりこれは、
こいつはものすごく嫌な奴だった、と思われていたのか
非常に目立って浮いていたいうことか?という不安の中
あまり深く考えないで
友人の一人の「どうしてそんなに変わらないの?」という一言を信じ
きっと顔や雰囲気があまり変わらないから覚えていてくれるのよ、と
考えることにしました。
みんな、覚えていてくれてありがとう。

でもやっぱり、今と同じで
あの頃から集団の中で浮いていたんだわ。
そうよ、そうに違いない。

そんな訳で不安もありながら(笑)
結構楽しく卒業30周年の会は終わり
みんなに元気でね、またねと声をかけながら
次は又30年後かな、でも80近くになったら
みんな死んでるかもなあと思いました。
自分も死んでるかも。

今回ショックだったのは
仲良しグループの一人だったKちゃんの死を知ったことで
かなり気持ちが沈みました。
口数が少なく、優しく
穏やかだったKちゃん。
美人薄命・嫌われ者世に憚る、というけれど
Kちゃんは美人でいい人でした。
最後に会った時、私は彼女に優しく接しただろうか。


30年前の高校の同窓会を終えて
当時のことをたくさん思い出しました。

私は「すいどーばた」という美術系の予備校に通っていました。
1浪して大学に進みましたが
当時一緒に勉強した人たちを懐かしく思い出します。
今会ったら、今回の同窓会みたいに楽しいのかな。
予備校は高校とは違うので
住所録もないし、同窓会もありません。

当時真剣に絵を教えてくれたK先生。
そして一緒にお弁当を食べたり
頑張って絵を描いた仲間たち。
いつも一緒に帰っていたラスカルは元気かな。
ラスカルって穏やかでいい子だったな。
(ちなみにラスカルは人間です)

実はこの頃、今の自分を築くために
とても重要なことを教えてくれた人たちと
出会っていたことに気がつきます。

今回の同窓会に一緒に行ったMSは、
当時一緒に美大受験した仲間で
今だに時々会っては昔話をしたり現状報告をしたり。
大事な友人の一人ですが、彼女以外の予備校仲間とはその後
全然あっていません。


きっと、みんな元気でいるだろうな。
いつかどこかで会えたらいいな、と
同窓会をきっかけに思い出して楽しんでいます。

奥多摩でキャンプ

今年のゴールデンウイークは
家族でキャンプに行きました。
ここ数年、やっと子供たちが大きくなって
キャンプが出来るようになったのです。
ゴールデンウイーク中とはいえ
上手く日にちを選んだので
渋滞もほとんどなく
快適でした。

キャンプを始めたばかりの頃は
15年前に買った
山用の軽量テントと
海用のサンシェードを併用してキャンプをしていました。
でも、サンシェードは所詮サンシェードなので
通気性がありません。

だから、閉め切ると息苦しくなるし
雨が降れば当然中まで濡れるはずです。
「今回はきっと雨は降らない」と言う時のみ
タープを上にかぶせて、閉め切らずに使っていました。

さらに我が家の山用テントは2.3人用の小さなもので
家族でのキャンプには向きませんし
ゴアテックスで出来ているとは言え
高山での使用を前提に作られているため(雪山でも使えるタイプ)
夏のキャンプには暑くて
酷く寝苦しいのです。

それでも、「家族でキャンプ」なんて言うのは
子どもが小学校のうちくらいだし
まあ、これでいいか、と我慢していました。
が、やっぱり回りの人たちが
「ささっとスマートに」キャンプをしているのを見て
何となく羨ましくなり
テントの定番「コールマン」を買うに至ったと言う訳です。

コールマンのテントは色々と欠点もありますが
庶民的な値段で、ちょっと頑張れば買えますし
犬まで連れてキャンプに行く我が家にとっては
やっぱり便利です。
今回使ってみて本当にそう思いました。

今回はキャンプを楽しんだだけではなく
笠取山にも登ってきました。
ここはゴールデンウイークでも比較的混まずに登れる山で
小学校3年と4年の我が子には若干きついかな?と思ったのですが
2人とも(泣きながら)なんとか登ってこられました。

息子はだらだらした山道が嫌いで
「疲れた、もう嫌だ!」とぐずりながらも、
山頂直下の急登で張り切るタイプ。

娘は穏やかな坂道は全く大丈夫なのに
高度感のある急登は怖くてたまらず、
「もう帰ろうよ〜。」と泣きじゃくるタイプ。

でもどちらも約6時間のコースを
なんとか登って降りてこられました。

これが最後の急登。
DSCF0283.jpg
中腹にいるのが息子です。
ここまで、私の後ろで
ぶーぶー文句を言いながらあるいていたくせに
この急登を見て
それまでの数倍速で歩き出しました。
とてもついていけません。
子どもってわからない。

最近家族に加わった子犬のキュウキュウ(QQ)は
登山中もずっと「だっこ」だったのだけれど
やっぱり「だっこ」での登山も疲れるらしく
情けない様子でした。
そこで少し歩かせると
やっぱり子犬なので、これまたすぐに疲れてしまいます。
QQは情け無い顔をして
だっこをせがむのが得意なので
疲れて歩くのが嫌になると
すぐに震えて「キュウ〜」と鳴きます。


この写真はキャンプでくつろいでいるQQ。
何故かいつも、情けない感じがします。
この哀れな様子が可哀相なので
いつも気持ちのよいお布団の中とか
座布団に、ちゃっかりと上がり込むことを許されています。
「ダメ!」と言うと今にも泣き出しそうな悲しそうな顔をして
「キュゥ〜」と鳴くので
結局は許してもらえるのです。

くろなさけない



今回私にとっても
久しぶりの6時間登山でしたが
なんとか歩けました。
私は雨女なので
お天気がとても良かった今年のゴールデンウイークでさえも
雲を呼んでしまい
頂上では全く展望がなく
雲が下からどんどん上がって来て
不気味な感じでした。
ちょっと残念。

でもやっぱり登山は楽しいです。
曇りの日には曇りの日の楽しみがあります。

また行きたいな。
次は晴れると良いな。

ただ、私と息子は
キャンプ中に変な虫に刺されたらしく
息子は足がパンパンに腫れ
私は首に発疹が出来てしまいました。

5月でも虫除けは必要なんだなあと
用意しなかったことを後悔。

でも、楽しいキャンプでした。

今年は何度か機会を作って
キャンプに行きたいと張り切っています。










プロフィール

きもとももこ

Author:きもとももこ
自然の多い西東京で
絵本を作りながら暮らしています。

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